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2004年11月 掲載

ヒーローものアニメの実写版映画化

映画はもちろんのこと、様々なエンターテイメント作品に描かれている「ユビキタス的な」ものを ピックアップして、ユーモラスかつシニカルに語ってしまおうというコラム「映画の中のユビキタス(Ubiquitous in Entertainment)」。第12回目は、近頃ブームのヒーローものアニメの実写版映画化をテーマとして取り上げます。さて、一体どのような「ユビキタス論」が展開されるのでしょうか。乞うご期待!

東京大学の坂村健教授によれば日本のユビキタスのイメージは「八百万の神」だということです。そのことを今月も引きずってまいります。というのも、「小さな神が身の回りのものすべてに宿っていて、それらがネットワークを組んで、人々をそれなりに助けてくれるイメージ」といえば、映画のなかのユビキタス的存在「ヒーロー」と同じじゃん、ということで、日本人から見てユビキタスが具体的なイメージとして表れているのは、やっぱり「ヒーロー映画」で良かったんだ、と勝手に思えちゃったからです。日本にヒーロー・キャラクターが多いのは八百万の神の成せる業。そういえば、古のヒーロー・桃太郎のモデルは「日本書紀」に登場する吉備津彦命の神話だといわれていますよね。日本のヒーロー物語は相当に年季が入っています。

そんなところへ、ヒーローものアニメが実写版としてぞくぞく映画化。いつでもどこでも見守っていて助けてくれるヒーローの存在を、映画として楽しむ機会に満ち溢れた昨今。「キューティーハニー」も「キャシャーン」も「デビルマン」も「忍者ハットリくん」も日本古来から伝わる八百万の神の発想にちがいないってことで、その精神を再確認する一方で、そんな日本の信仰心によるイメージが、いまユビキタスとして実際の生活のなかに立ち現れようとしていることを歓迎しましょう。神が現前するなんて分かりづらいけど、八百万の神と限りなく近い存在にあるヒーロー映画からならイメージがつかめちゃいます。なんとなくこういうことです。うっぷんを晴らしたいときに付き合ってくれる人がいなければ、明るく元気なキューティーハニーが駆けつけて、焼肉、ラーメン、カラオケまで一緒に楽しんでくれる。トイレで紙のないことに気づいたら、センチメンタルで自意識過剰のデビルマンがトイレットペーパーを差し出してくれるノ、まっ、そんな神様がたくさんいるってことです。

ということは、映画のなかのヒーローはユビキタス度をもって評価をくだせるという、新しい映画の観方ができたわけです。
今回は、永井豪原作による2作についての評価といきましょう。あ、でも、これは原作についての評価ではなく、あくまでも映画化された作品に対するものですので、その点をご了承ください。
 
まずは現在公開中の『デビルマン』(那須博之監督、伊崎央登主演)からですが、デビルマンは人間からデーモンになり、まだ人間の気持ちを持っているはずなのに、発する言葉に感情ってものがなく、線が細すぎ(これは俳優の問題?)。それと比例して、戦う姿勢が弱く偏在性に欠けるんだなあ。それに、友人がサタンのせいか、人間を救うことはできませんでした。そこで判定です。このままでは肝心なときに現れず、ユビキタスとして期待できません。映画にみるユビキタス度38点。頑張れ、デビルマン!
 
さて、お次はキューティーハニー(庵野秀明監督、佐藤江梨子主演)。人間としては事故で死んでいるキューティーハニー。生きているように見えるのは、人間の細胞を活用したIシステムのおかげ。事件を感じれば変身していつでもどこでもすっとんで行けます。人間の細胞を利用しているせいか、ファジー度も高い。陽気でちょっとおとぼけなのが、いつでも表れてほしい存在。映画にみるユビキタス度85点。
 
かなり主観的ですが、このように映画を楽しんでみてはいかがでしょうか。
フリー編集記者:小栗山 麻子(おぐりやま あさこ)

プロフィール:

美学美術史学科卒業。カルチャー誌編集部、書店修業を経て、1996年よりフリーランス。
守備範囲は芸術全般。2001.10〜2002.3、パリを拠点とし、文化を中心としたヨーロッパ通信を日本に発信。


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