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●6月29日号●
映画の中のユビキタス
 
映画はもちろんのこと、様々なエンターテイメント作品に描かれている「ユビキタス的な」ものをピックアップして、ユーモラスかつシニカルに語ってしまおうというコラム「映画の中のユビキタス(Ubiquitous in Entertainment)」。今回は最終回にふさわしく(!?)「電車男」をテーマに、映画とユビキタスとの接点を考察いたします。乞うご期待!
 
インターネットの掲示板に端を発し、書籍化、映画化、テレビドラマ化、舞台化と、たいへんな話題となっているこのタイトルの内容を、私は映画を観ることで初めて知ったのでした。そもそもが万人に開かれたインターネットでの展開だったというのに、書籍化されて初めて本好きに、映画化されることで映画ファンに、ドラマ化によってテレビっ子に広まることもある現状はアナログで愉快です。そんな言い訳をしつつ、この場は映画コラムですから、もともとの掲示板に忠実如何は問わず、あくまでも映画『電車男』に見るユビキタスだけに触れたいと思います。

『電車男』 パソコン画面に始まり秋葉原電気街のシーンへと続くオープニングは、本連載の最終回に取り上げる映画としてふさわしいことを確信しました。というのは、「近未来映画にはユビキタス精神が活用されまくっている」「たった1シーンだけどユビキタス的描かれ方を見つけた」「こうした文化背景が現在のユビキタス社会につながるのではないか」などの多少無理のある見方や希望的観測なしで、日常生活に等身大で息づいているユビキタスが、この映画には描かれているのですから。

そりゃあ、多少の誇張はありますよ。オタク青年を表すのに、メガネ、ボサボサの髪、お菓子ばかり食べる、おどおどしている、よくつまずきモノを落とす、といった描写を多用。また、オタクに免疫のない美女は、『マトリックス』を「難しそう」と言い、パソコンが苦手で、テレビやステレオやエアコンのリモコンの区別が付かない風だったり。そんな女性がパリへ出張して海外交渉バリバリこなせるのか??(←そんな描写がある)、と思ってもしまいますが、そんなことはさておき、この清らかな2人が恋を育んでいく背景に、ユビキタスのお助けがありました。

これまで女性と口もきいたことのないようなオタク青年が電車の中で美女を見かけ、酔っぱらいに絡まれそうになる美女を、勇気を出して助けます。このとき、美女から連絡先を聞かれ、美女の手帳に自分のアドレスを記す電車男。彼は帰宅後、チャットでその日の出来事を仲間に報告。すると全国の寂しい仲間(女子とデートをしたことのないネットカフェに集う3人組、引きこもり青年、夫と会話のない主婦、妻と会話のないサラリーマン、別れた彼を諦めきれない看護師)から嵐のようなレスが殺到し、恋愛物語が展開していきます。彼らも自分のことのようにバーチャルに恋愛を楽しみ、ときには妬み、励まし合うのです。電車男は恋の進展過程を常に報告。仲間のアドバイスには忠実に従います。

『電車男』 即座に、一度に、いろんな人に、恋の悩みを聞いてもらい、アドバイスを得る。いつでもどこでも、どんなピンチでも仲間たちが見守ってくれる。映画は最初から終わりまでこのユビキタスなフレンドシップによって成り立っています。ユビキタスネットワークを活用して苦手を克服できます、っていう好例です。しかも、見えない人々に助けられるところが、坂村先生がおっしゃるところの八百万の神っぽいじゃありませんか。相談したいときに、いつでもどこでも仲間とつながっているのは心強いし、励ましの言葉はエネルギーになりますよね。これまではデートの参照先が雑誌などのマニュアルや自分の周辺の限られた仲間だったものが、不特定多数の生きた言葉になったのは進歩です。

ところで、ヴェネチア・ビエンナーレの企画展のテーマとなったり、世界的共通語にもなっている「オタク」。オタクな男性に憧れるパリジェンヌも個人的には知っています。しかし、電車男とその仲間たちときたら、美女のハートを射止めるために、普通っぽい青年を演出するので、そこがちょっとだけ腑に落ちません。「メガネはやめろ」「ジャケットを着ろ」「髪を切れ」って、普段の在り方にはまったく誇りを持っていないのでしょうか。ここで、オシャレなアイウエアとパーカーに長髪を生かしたヘアスタイルを選んだら、良い結末は得られないってものなんでしょうかねえ。

さて、映画の中にユビキタスを探すのは今回で最終回です。100年以上の歴史を持つ映画の中で、ユビキタス的描写はまだまだ未発達だけど、そのうち、瞬時につながるシーンのゴールドスタンダード、なんてのも出来上がるのかもなあ。「あぁぁぁぁ、今のシーン、止めて! あった、あった! これってユビキタスかもしれない!」って、ことさら慌てなくても、さりげなくユビキタスなシーンが描かれる日を私たちは迎えたようです。
 
フリー編集記者
小栗山 麻子(おぐりやま あさこ)
美学美術史学科卒業。カルチャー誌編集部、書店修業を経て、1996年よりフリーランス。
守備範囲は芸術全般。2001.10〜2002.3、パリを拠点とし、文化を中心としたヨーロッパ通信を日本に発信。
 
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