日本や韓国の焼肉レストランに入り、テーブルぎっしりと敷きつめられたいくつものキムチを見て、圧倒された人は多いだろう。韓国人はとにかくテーブルいっぱいにキムチが置かれていないと気が済まない。食べる・食べないにかかわらず、である。もちろん(ご飯も含め)おかわりも自由である。もしこうしたサービスが禁じられたらその店はつぶれるか、街中で暴動が起るかもしれない。実際かなり前だが、客が出されたキムチを残し過ぎるため、一部の料理屋ではそれを使いまわしていることが問題になり、行政から二度出し禁止の命令が出たことがあった。
また、さらに料理屋では、相手の客を気に入ると、ただで一品、二品出してくれる。「あなた気に入った。はい、これサービスね」という調子で、いろいろなものが出てくることもある。特に日本人の場合、韓国語がちょっとでもできるとやたらに掴みがいい。韓国は韓国語能力が食事の形で報われる国である。
また少し高級なレストランでは部屋専属の店員が酒や話に付き合ってくれたり、口元まで持ってきてくれたりと至れり尽くせりである。こうした意味で飲食系のサービスは非常にレベルが高いと言える。
しかし「礼儀の形」に厳しい人にはちょっと違って見えてくる。例えば、ある食堂で、一番いい席をオーナーや店員が陣取ってしまい、隅っこを客に供するというようなことは珍しくない(そもそも彼らはそういう意識がないようだ)。またデパートでは客が来ても店員同志がおしゃべりをしていてお構いなし、というのもよく目にする。そのため韓国での店員マナー教育は、現在もなお日本での教育方式やノウハウを導入したり参考にして、レベルの向上を図っている。
その一方で、国際的なビジネスや観光分野では別の韓国がある。80年代の漢江の奇跡で目覚ましい経済成長を果たした韓国だったが、のちの97年以降、通貨危機によって産業が大打撃を受けてからは、韓国は国際競争力の向上に国を挙げて努力してきた。そのため飛行機・空港・観光施設などでのサービスや接客案内は、きわめてスムーズで洗練されており、特に言語面での充実度が高い。空港やホテルでは英語も日本語も自然かつ流暢なアクセントで話す人がざらであり、外国にいることを一瞬忘れてしまうほどである。
最後に一般の人々の気質についてだが、彼らは客人をもてなすのが好きである。しかも、自分が何から何まで面倒を見ないと気が済まない(そうである)。しかも好き嫌いがはっきりしており、いったん気に入ったら最後まで、というお国柄なので、街を歩いていても、意気投合すると「袖摺り合うも(多生、いやここではあえて“多少”)ではなくとても濃ゆい縁」に発展する。足りないものがあると言えば、自分の友人まで動員して買ってこさせるし、食事は当然、次の飲み会まで自分持ちで案内してくれる。「悪いのでここは割り勘で私も払います」などと言ってもまず払わせてもらえない。反日問題でもよく話題になる韓国だが、一体どちらが本当の彼らなのか、と驚かされた経験を持つ人も多いのではないだろうか?
ここまでさまざまな側面で筆者が体験した「サービス/もてなし」について書いてきたが、これらは一見するとバラバラに見えるが、日本のそれと比べるとひとつの共通性を持ったサービス文化が浮かび上がっているように思える。
日本では「無駄」は不合理なものとして考えられるが、韓国では(キムチのように)「無駄」がもてなしの心の度合いを表すようである。これはどうやら「気に入った相手には何でもしてあげたい」という「情」の一形態なのだろう。日本のもてなしは「お客様を中心に一歩引いて出しゃばらない」のがよい態度なのだが、韓国ではそれでは「冷淡」に見えてしまう。韓国人は気配り型のもてなしは苦手だが、喜ばせ攻勢型のもてなしは彼らの文化の真骨頂である。ややもすると「客側ではなく韓国側のほうがこの機会を楽しんでいるのかな」と思えるほどである。
以上は韓国の伝統的なサービス文化だが、一方国際社会における厳しい競争を勝ち抜こうとする彼らの姿もある。物販系サービスにおいて日本のシステムを貪欲に吸収しつつ、世界にすぐれた製品とサービスで貢献できる先進国になるため、語学力の充実をきわめて重視している。相手国の言葉を使い、相手の懐に入っていき、現地を研究し、相手が喜ぶものを次々と提供する、という戦略だ。メッカの方向が分かるムスリム用の韓国製携帯電話、使用人が食品を盗まないように鍵のつけられた韓国製冷蔵庫など、ローカライズを徹底させた例は枚挙にいとまがない。これこそが韓国大手企業が世界市場で成功しているひとつの理由でもある。やはりここでも喜ばせ攻勢型のサービス哲学は健在だ。韓流が日本で成功しているのも同じ切り口で語ることもできよう。
確かに「一歩引いて出しゃばらない」というサービスは日本の美徳だ。だがサービスの哲学や文化にはさまざまなディメンションがあり、ひとつサービス文化を過信するあまり、「サービスはこうでなければいけない!」と決めつけ、他のサービス文化の奥にある考え方を受け入れることができなければ、結局のところ「内向きの一人よがり」になってしまうだろう。
アジアユーロ言語研究所代表:鈴木武生(すずき たけお)プロフィール:
東京大学大学院博士課程修了、Ph.D(言語学)。専門は英語、中国語、日本語の意味論。
日中韓辭典刊行会顧問、ファブリス株式会社アドバイザー。
文法研究を行う傍ら、辞書編纂および自然言語情報処理、翻訳通訳サービスなどの国 内外の企業支援、企業語学研修およびコンサルタント、異文化セミナー/ビジネススキルセミナーを行う。
著書・訳書・編纂書には『英会話のピンチ切り抜け 術:成功するコミュニケーションのコツ』(NHK出版)、『詳説正規表現』(翻訳書;オライリー出版)、『実践フランチャイズ・ビジネス : FC起業ノウ ハウのすべて』(翻訳書;ダイアモンド社)、『新漢英学習辞典』(春遍雀來 編、講談社インターナショナル)などがある。


