黒川伊保子氏インタビュー 脳科学から見る「セキュリティー力を高める組織づくり」
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2019年10月01日
- 著名人インタビュー
20代で開発した対話型"35歳美人司書"AI
配属になったから、というだけ。高い志などないんです。36年前に大学を卒業し、入社したSI会社で人工知能(AI)の開発に携わることになりました。この中で、ヒトの脳の回路をコンピューターに実装する研究を続けてきました。医学的な研究者のように脳の生理的な反応を観察するわけでもありませんし、男女の思考の違いをアンケート調査したりといった社会学的なアプローチとも違います。AI開発者として人間の脳を装置と見立て、思考パターンをコンピューター上で再現することを目指してきたんです。
ひょんなことから、「日本語対話型女性AI」を開発しました。1991年4月1日、全国の原子力発電所で稼働した、データベース検索システムです。大型機のビジネスユースでは、「世界初」の日本語対話と言われました。実は、この発注仕様書に「35歳美人司書にしてください」というメッセージが付いていたんです。当時私は20代で美人でもないし、そんな司書も見たことがない。「どういう対話なら『美人司書』と認識されるのだろうか」と悩み、小説や映画などを見て、美人の対話を研究しました。それはもう手当たり次第に、です。稼働後に技師の方にアンケートを採ったところ、用紙の余白部分に「彼女は美人さんだね」というコメントがあって、すごくうれしかった。「わかってくれたんだな」って思いました。
そうです。このため、実際の人間が対話の中でどう受け答えをし、語り手と聞き手がどのような部分に信頼性を感じるのかを研究しました。こうした中で、男性と女性は対話のモデルがまったく異なることに気が付いたんです。
例えば、先の"彼女"は、「1970年代、アメリカで細管破損の事故があったよね」と入力すると、かいつまんで検索結果を見せ、「このケースですか?」と質問してくる。「そうそう」「では」という共感のやりとりがあって、全データを開示します。いきなり全データを開示しないところに、当時のユーザーは女性らしさを感じたようです。
間と共感です。いわば、感情や共感に根差したコミュニケーション方法である「心文脈」と、目的や数字といった事実的な要素に根差す「事実文脈」という2つの対話パターンの存在が浮かび上がり、その後、さらに研究を重ねてきました。
「心文脈」と「事実文脈」でセキュリティー意識は違う
そうです。男女の脳は同じく全機能搭載可能です。ただ、同時同質には使えない機能を内在しているので、とっさに使う側を決めておかないと危ない。例えば、利き手がなかったら、身体の真ん中に飛んできた石を避けられません。神経系においては、同じ価値の相反する答えの採択に、最も時間がかかってしまうから。とっさの場合に、男性はゴール指向で考え事実文脈で対話し、女性はプロセス指向で考え心文脈で対話します。相反する方式をとるので、互いに相手が愚かに見えがちですが、当然、プロセス指向の危機回避能力と、ゴール指向の問題解決力はどちらも大切です。この2つの視点がそろって、本当に大切なものが守れるのではないでしょうか。
組織の「風通しのよさ」がセキュリティー対応力向上の鍵
そうですね。トラブル発生の原因はシステムだけでなく、人間関係のゆがみから生まれるものも多いんですよ。私も、エンジニアとして働く中でチームの雰囲気がギスギスしてくると、システムに綻びが出ないか心配した経験があります。だからセキュリティー対策の面でポイントになるのは、組織コミュニケーションの活発化だと思います。
風通しがよくなければ、誰かが感じた「少しいつもと違う感じがする......」という何気ない一言が言えず、結果として大きな気付きにつながるケースもあります。
日常のコミュニケーションの中で重要となるのは、先ほど説明した心文脈と事実文脈の2パターンです。語り手の文脈を見極めて、心情を話し始めた人には「なるほど」「大変だったね」「そうだったのか」といった具合に根気よく共感を与え、出来事などをメーンに会話が進むなら問題の解決に向けた方向でコミュニケーションを展開することが大切です。
ですが、実際にはなかなかそれができませんよね。私のおすすめは、ご家族や親しい友人とコミュニケーションの練習をすることです。自分自身のちょっとした失敗談を交えた"トホホ系"の話だとよいですね。相手の安心感にもつながり、その方のお人柄も伝わります。
以前、航空パイロットのヒヤリハット体験をデータベース化するプロジェクトをお手伝いしたことがあります。データベースの作成にあたっては「何月何日、どこでどんなことがありましたか」と事実文脈のアプローチでヒアリングをしても、なかなか事例が表に出てきませんでした。そこで、上司が進んで自分のちょっとした失敗談やミスを話し、「ところで、最近どう?」といった気さくなコミュニケーションを図ったことで相手も話しやすくなりました。いわゆる会話の"呼び水"です。こうした力は管理職に必須の能力ではないかと改めて感じた事例でした。
これからのセキュリティー犯罪の"トレンド"
私たちは、脳に周期性があることを発見しました。大衆全体の脳が連動して感性のトレンドを創り出していることも。「人は7年で飽き、大衆感性は28年で180度転換する」と考えています。大衆感性は大きく言うと、「アナログ期」と「デジタル期」の2つに分かれ、それぞれでパターンや流行の傾向があります。
アナログ期というのは、人々が情緒的になり、世の中に溢れる色数や装飾が増え、感受性が鋭くなる時代です。実は、人々が、プロセス指向共感型を使いやすくなっているときです。先のアナログ期の突入は1999年で、2000年に社会学者が「市場が女時(めどき)に入った」と表現しました。
それに対しデジタル期の人々は、無駄がなく、シャープなスタイルを好みます。正義や悪といった二項対立的な価値観や勝ち負け意識に重きが置かれる傾向のある時代でもあります。人々が、ゴール指向問題解決型に偏っているときですね。先のデジタル・ピークは1985年、女の子たちが「三高(高学歴・高身長・高収入)」なんて言葉を平気で口にした、成果主義の尖った時代でしたね。
例えば、刑事ドラマをデジタル期、アナログ期で分析すると面白い結果が出ます。デジタル期の刑事ドラマの場合、やけに爆破シーンが多く、ときには犯人に名前さえなく(爆弾犯、凶悪犯と呼ばれるのみ)、ただ倒すべき「悪」という存在として描かれがちです。一方、アナログ期に制作されたドラマだと犯人側の事情や心情、ストーリーなども重要視された作りになります。
もちろん、それをそのまま現実の悪意に当てはめるわけにはいきませんが、長期的な感性トレンド分析で見た時、現在は、デジタル期に移行してきています。このため犯罪者の思考も先鋭的になり、自分たちの考える"正当性"を主張するようになるかもしれません。この正当性に呼応し、協力者を増やしていくということも考えられます。「正義の同士」による同時多発ゲリラ型の犯罪手法が増えることもありえます。AIがそのツールに使われる可能性も。セキュリティー対策という視点で考えた時、こうした悪意とその広がり方に留意・対応すべき事態が生まれてくるかもしれません。
AIとセキュリティー対策
かつてAI開発に携わった者としては、AIが人間に寄り添い役立つ存在になるには、そのAIが人間を傷付けないことを保証する必要性を感じます。
AIの恐いところは、悪意を持ったユーザーが使うとその行動を学習し、AIが悪意を行うようになるリスクがあることです。悪意のあるユーザーを排除するソリューションや対策も必要になるかもしれません。これらを踏まえ、今後はAIに「何をさせるか」ではなく、「何をさせないか」など安全な人工知能を作るために人工知能のキャラクターにJISマークなんて考えもありかもしれませんね。AIの仕事領域が増えると、今度は逆に人間の脳の成長に必要な失敗や挫折が少なくなり、結果として多種多様な能力が育たないこともあると思います。AIに何を任せ、何を任せないのか、きちんと社会として考えていくための一助にもなっていきたいですね。
プロフィール
黒川 伊保子氏
1959年長野県生まれ、栃木県育ち。1983年奈良女子大学理学部物理学科卒。株式会社富士通ソーシアルサイエンスラボラトリにて、14年にわたり人工知能(AI)の研究開発に従事した後、コンサルタント会社勤務、民間の研究所を経て、2003年に株式会社感性リサーチを設立、代表取締役に就任。著書に『ヒトは7年で脱皮する—近未来を予測する脳科学』(朝日新書)、『妻のトリセツ』(講談社α新書)、『成熟脳—脳の本番は56歳から始まる』(新潮文庫)など多数がある。この秋には、『夫のトリセツ』講談社+α新書、『人間のトリセツ~人工知能への手紙』(仮題)(ちくま新書)も発売予定。
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締切り:2019年11月30日(土)
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