DXを推進するカルビーの両輪 進める「現場への落とし込み」と支える「IT技術力のアップ」に共通する教育の重要性
- お役立ち情報
2022年10月18日
- DX
- 事例
国内のポテト系スナックやシリアルの市場において高いシェアを誇るカルビー。同社はデジタルトランスフォーメーション(DX)推進に向け、「現場で実現する部隊」のDX推進部と、「IT技術で問題解決する部隊」の情報システム部をDX推進本部内に構える組織改革を行った。カルビーのDXはどのように進んでいるのか。また、その過程でセキュリティー対策にはどのような変化があったのか。同社DX推進部長の森山正二郎氏と情報システム部の本間武人氏に聞いた。
DXの本格始動に推進体制を整備
2022年4月にカルビーは、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進に向けた組織改革を行い、DX推進本部の中にDX推進部と情報システム部を構える新しい体制をスタートさせた。
2つの部署は役割が明確に分かれている。DX推進部長を務める森山正二郎氏は、カルビーのDXを「現場で実現する部隊と、IT技術で問題解決する部隊」によるものだと語る。
「DX推進部は、主に工場と一緒にDXを推進していく現場力を持った部隊です。これまで勘や経験に頼ることが多かった現場の業務課題を、製造機械からデータを取り出して可視化・分析することで標準化につなげたり、場合によってはAI(人工知能)を使った自動化モデルを作成したりなどの取り組みを進めています」(森山氏)
一方の情報システム部は、IT技術力で支える部隊だ。DX推進部の取り組みを推進・実現するため、適切で安全なアプリやツールの導入や、セキュリティーを担保する仕組みの提供を行っている。DX推進を掲げる本部の中で、この2部署が両輪となって活動しているわけだ。
消費者までの「10プロセス」に潜むムリ、ムラ、ムダを排除
カルビーが取り組んでいるDXとは、どのようなものなのだろうか。森山氏は、「伝わりやすくて便利なのでDXと呼んでいますが、私たちの今の取り組みは、厳密にはDX実現に向けた前段階にあたるデジタライゼーションだと思っています」と前置きした上で、主力事業であるポテトチップスなどのポテト系スナックにおける、馬鈴薯の調達から顧客に製品を届けるまでのバリューチェーンでの取り組みについてこう説明する。
「カルビーでは商品を消費者にお届けするまでのバリューチェーンを『10プロセス』と呼んでいますが、10プロセスの間には、工場や物流部門といった社内だけではなく、馬鈴薯生産農家、原材料サプライヤー、配送業者、卸売業者、小売業者といった社外のステークホルダーもいます。実はこの中に、業務改善や新しいビジネスチャンスのヒントが山のように眠っているのでは、と睨んでいるのです」(森山氏)
10プロセスの中には、デジタル化されたデータだけでなく、アナログのデータも含めた多様なデータがある。森山氏は「これらのデータをつなげていくことで、プロセスの中に潜むムリやムラ、ムダを排除して、今の業務プロセスを驚くほど進化させることができたり、データを取り込むことで人間が一生懸命手作業でこなしている作業を自動化したりして、本来の仕事の時間に転換できるのでは、と考えています」と夢を語る。
確かにこうした取り組みそのものは、森山氏が話すようにデジタライゼーションの範疇だといえる。しかし、こうした取り組みを怠りDXを支える仕組みが構築できていなければ、DXの実現にたどり着くことはない。
カルビーでは、以前から品質管理手法としてシックスシグマのフレームワークを取り入れており、データを使った改善が根付いていたことが有利に働いた。その延長線上で、DXへの取り組みは着々と進んでいる。2020年7月からDX推進に着手した滋賀県湖南市の湖南工場では、2022年にIoT技術を活用した次世代工場モデルを実装している。目視や手作業を排し、自動的にデータを取得して作業の自動化やリモート管理などを可能にし始めている。
こうした工場でのDXの取り組みは、最初はトップダウンでスタートしたが、徐々に現場がその意義を見出して、データを使った改善に取り組む「面白さ」を感じるようになってきた。今では着実にDXの動きが加速し始めたところだ。
ここで忘れてはならないのが、DXを推進する現場の人材育成である。森山氏は「外部からデータサイエンティストなどのIT人材を呼んでくるのではなく、現場の知恵と経験値を持っている人がデータ活用スキルを身につける、それがカルビー流DX人材育成のポイントだと考えています」と語る。外部人材を活用するのではなく、現場のエキスパートを初級データサイエンティストに育てる方向性だ。教育がDX推進を支えていくのだという。
「どんなITシステムも、最初の問題提起が間違っていたら有効に機能しません。それぞれの現場で本当に解決したい問題は何かを見極め、それに必要なデータは一体何で、適切なITツールは何か、そう考えないといけない。ツールの使い方だけを知っていても、本当の問題がわかっていないとうまくいかない、と考えています」(森山氏)
働き方の変化も先取り、コロナ禍でも安定して業務を遂行
カルビーでは、10プロセスのバリューチェーンの改善のほかに、社員の働き方についても改善の取り組みを続けてきた。情報システム部の本間武人氏は、「2018年ごろからOffice 365(現・Microsoft 365)を導入し、働き方を少しずつ変える取り組みが進んでいました。当時は現場などをつなぐ電話会議システムから脱却し、Skypeなどで顔や映像が見えるコミュニケーションを実現することを目指していました。ノートパソコンを社外に持ち出して仕事をする文化も育っていましたし、リモートワークといった言葉が社内で普通に出るようになっていました。そうした中で、新型コロナウイルス感染症の拡大が起こったのです」と振り返る。
こうした背景もあり、コロナ禍が始まって間もない2020年3月にはリモートワーク主体の働き方にシフトできた。同時に人事部では出社しない働き方のために制度を見直し、情報システム部門でも出社する従業員を管理するアプリケーションを依頼からわずか8日間で完成させるなど、迅速な対応を進めたという。
「とはいえ、全員がリモートワークに慣れているわけではありません。そこで人事部と協力してリモートワークを実践するための社内セミナーを開催しました。情報システム部の担当者が開催した社内セミナーは170回以上にも上りますね。人事本部長からも『情シスのセミナーには必ず出るように!』と後押ししてくれたこともあり、2020年夏ごろには、ほぼ社員の誰もがMicrosoft Teamsの会議を立ち上げ、普通にコミュニケーションに使えるようになりました」(森山氏)
こうした「ITは、使いこなせて当たり前」という文化は、DXを推進する上でも意味を持ちそうだ。森山氏は「鉛筆で書くのと同様にビジネスツールとしてITを使いこなせないと、仕事ができない時代が急に来てしまいました。コロナ禍への対応は、将来のDXの世界に相通じるところがあると思います」と分析する。
DXを支えるセキュリティーも「教育」から
このようにDXへの道のりを一歩一歩進んでいく中で、セキュリティー対策も変化が求められている。本間氏は、「これまでも一般的に求められるセキュリティー対策は実施していました。コロナ禍になってリモートワークやモバイルワークならではの対策が求められるようになりましたが、幸い慌てて対策をする必要はありませんでした」と語る。
リモートアクセスの方法として、カルビーではVPN(仮想閉域網)による閉域通信を採用している。2018年にVPNソフトを更新し、Office 365やZoomの利用に対応できるようなスペックにアップデートしていたためだ。リモートワーク拡大で対応が必要だったのは、ユーザー教育だけだったと本間氏は振り返る。
一方で、工場など現場のDXの推進には、働き方の変革とは異なるセキュリティー上の苦労があったという。
「工場では、PLC(Programmable Logic Controller)と呼ばれる機器や設備などの制御装置から連続して大量のデータが上がってきます。こうしたデータを流出させないような対策に力を入れています」(本間氏)
PLCのファームウエアを適切にアップデートする仕組みを整えたり、ネットワーク設計を再検討したりすることで、マルウエア感染などのリスクを抑える方針だ。ここでも重要なポイントは教育だった。
「強く感じているのは、現場の製造技術を持つ従業員に対するセキュリティー教育の必要性です。多くの場合、業務効率や生産性の向上につながるITの活用には興味を持ってもらえますが、そのためにはセキュリティー対策が必要であるという意識や、自分たちで新たに必要な知識を持ってもらうことは簡単ではありません。しかし、例えば対策を怠ってマルウエアに感染した場合、工場の操業停止など深刻な被害につながりますし、目指している成果も得られません。そうした大前提から知ってもらう必要があるのです」(本間氏)
普段から現場に出向きDX推進を訴えてきた森山氏や本間氏たちが勉強会を開くことで、「現場をよく知るあの人たちが言うのだからこれは必要なことなのだ」と、セキュリティーについて勉強しようという意識が高まったという。DX推進のために必要なセキュリティーに関する教育について、専門の講師など外部人材に安易に依存するのではなく、現場をよく知る内部の人材が中心となって講習を開催したり講師になったりすることが、教育効果を高めることにつながる。
基礎を固めて新しいビジネスを生むDXへ
DXの取り組みを始めて数年、さらに取り組みを加速しているカルビーだが、成果について森山氏は控えめな評価をしている。「現時点で劇的な成果が出ているとは言えません。まだこれからというところです。湖南工場の次世代工場モデルも実装してはいるものの試行錯誤の段階です」
先進的な取り組みを行っている湖南工場でも自動化は道半ばで、オペレーターの手作業が完全にはなくなっていない。成果が出ていないという森山氏の発言は、こうした状況を鑑みたものだが、一方でDXにつながるさまざまな取り組みの基礎づくりを一歩一歩進めていることも事実だ。
「例えば、今取り組んでいる新たなトレーサビリティーシステムによって、ポテトチップスの1袋単位のトレーサビリティーの精度が大きく向上すれば、お客さまへの安全・安心レベルは飛躍的にアップするでしょう。その上でさらに、どのような新しい価値提供が可能になるのかを考えていきたい。お客さまの元に届く製品1袋1袋のトレースを、畑からお客さまにいたるまでのすべてのプロセスで管理ができるようになれば、今までに見たこともない新しいビジネスが生まれるに違いないと考えています」(森山氏)
今後は、湖南工場が取り組んでいる次世代工場モデルで得た技術を、広島市佐伯区に建設中のマザー工場に集結し、DXの成果を生み出していく考えだ。攻めと守りの2部署がドライブするカルビーのDX推進は、社内のDX人材の育成やセキュリティー教育と並走しながら、着々と歩みを進めていくことになる。
カルビー株式会社
https://www.calbee.co.jp/1949年の創業以来スナック菓子、食品の製造・販売を行い、国内のスナック菓子市場、特に主力のポテト系スナックやシリアル市場において高いシェアを誇る。「Next Calbee 掘りだそう、自然の力。食の未来をつくりだす。」を2030年に目指す姿とする「2030ビジョン」を掲げ、多様化する顧客ニーズを掘り起こし、新たな価値を提供し続けることで、海外事業における成長の加速や新たな食領域への事業拡張に挑戦している。「次世代へ続く成長への変革と挑戦」を基本方針とする2020年3月期から2024年3月期までの中期経営計画には、R&D、人材、DX推進などを含む中長期的成長に向けた無形資産への投資が盛り込まれている。
関連情報
関連コラム
お問い合わせ
お客さまの立場で考えた、
最適なソリューションをご提供いたします。
お気軽にお問い合わせください。