世界最先端のIT国家、エストニアを知っていますか
【第4回】医療データ連携を支える透明性

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2020年04月13日

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世界最先端といえる電子政府を実現し、ほとんどのサービスがオンラインで完結する国があります。バルト三国で最も小さい国、人口約130万人のエストニアです。そのIT活用方法は世界中から注目を集めています。今回はヘルスケア分野でのデジタル化について紹介します。

エストニアは行政サービスのほとんどをデジタル化していますが、その中でも特に恩恵をもたらしている分野の1つがヘルスケアです。

2008年、「e-Health」の名のもと、世界に先駆けて医療データのデジタル化に成功し、現在では病院や医師によって生成されるデータの95%以上がデジタル化されています。X-Roadという基盤の上に成り立っているこのe-Healthは、Blockchainの活用によりセキュリティーが担保されていている上、すべての病院や大学、政府機関が同じ医療データを参照しています。医療記録に重複がないため、統合的かつ効率的なシステムとなっているのです。

実際、2019年のHIMSSとマッキンゼーの調査「The 2019 Annual European eHealth Survey」において、エストニアは電子医療のロールモデル国としてヨーロッパの第1位に選ばれました。

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ヘルスケアのデジタル化によるメリット

このe-Healthのわかりやすい例の1つとしては、「e-Prescription(電子処方箋)」というものがあります。

医師は薬を処方する際、オンラインで情報を入力して処方箋を発行します。あとは患者は薬局に行き、IDカードを提示するだけ。薬剤師はシステムから患者の情報を取得して薬を用意することができます。さらに、同じ薬を処方してもらう際には、医師にメールやSkype、電話で連絡を取ることができるため、直接医師を訪れる必要はありません。また、e-Prescriptionでは国の健康保険データを自動で参照し、患者に受け取り資格のある医療補助金がそれに応じて適応されます。

現在エストニアでは99%の処方箋がこのようにオンラインで発行されていて、患者、医師、薬局、どの側面からも時間の短縮や労力の軽減につながっていることがわかります。

他にも、「e-Ambulance」により緊急時の医療プロセスも最大限効率化されています。これは例えば交通事故でけがをしてしまったとき、救急車を呼ぶための電話がかかってくると、30秒以内に正確な場所を特定して現場に迅速に向かうことができます。また患者に持病がないかなどを確認するため、救急車で病院に向かう間に救急車からその患者の過去および現在の医療データを参照。必要に応じて緊急の処置を施すことも可能です。

加えて救急車の乗務員が患者の医療記録を確認して病院に送ることで、病院側でも事前に適切な準備ができます。

e-Healthはデジタルによる効率化だけでなく、医療の品質を向上させることに関しても役に立っています。

e-Prescriptionと紐づけられている薬の相互作用を確認するソフトウェアにより、患者が服用している薬と相互作用する可能性のある別の薬を医師が処方しようとすると、システムから警告が表示されます。これにより、薬に関連する不必要な副作用や有害事象を回避できます。

このようにエストニアでは、医療データの統合とデジタル化および円滑なソフトウェアの連携によって、ヘルスケアにおいても無駄のないシステムが構築されているのです。

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タリン市内を走る救急車。救急車はエストニア語でkiirabiという

国民にとっての医療データとは

エストニアでは、国民の医療データは生後すぐから亡くなる間際まで記録されています。マイナンバーは名前よりも先に決まる番号ですが、そのときからすでに医療データの記録も始まっているということになります。

エストニア人の友人は、「国は自分たちのことは何でも知っている」と言っていました。確かに上記で述べたような医療現場の効率化には、すべてのデータが参照可能であることが大前提です。それはつまり、自分が生まれてから亡くなるまで、常に自分に関するあらゆるデータが国に見られる状態にあるということです。

技術の進歩により防犯カメラの映像から個人が特定できる時代になった今では、国がどこまで国民の個人情報を監視していいのかが世界中で問題になっています。大事なのは国民のプライバシーか、国としてのセキュリティーか、というのはとても難しい問題でありながら、IT化が進んでいく中でより重要な問いかけとなっています。

そんな中エストニアが見いだした方向性は透明性と信頼でした。

エストニア政府は、国民にとってインターネットへのアクセスは社会権であり、国民は自らのデータを制御できることを前提としてデジタル化を推進してきました。

国民は「e-Patientポータル」から自分の医療データを見ることができます。

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【e-Patientポータル トップ画面(https://www.digilugu.ee/login )】
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【ログイン後の画面】

IDカードで認証してこのe-Patientポータルにアクセスすることで、国民は自分に関する医療データに加え、他の誰がデータにアクセスしたかを確認することができ、必要であればデータをシステムから分離することも可能です。他にも病院での診断結果をレントゲンレベルで確認できたり、健康証明証の申請や予防接種に関する通知を確認することもできます。エストニア人が、「自分に関する医療データで見られないものはない」と言うほど、何でも見られるようになっています。

この徹底的な透明性と、その透明性を担保するブロックチェーンなどの技術が、国民のサービスへの信頼となっているのです。

自分の医療データが、誰に、いつ、どのように使われているかを知ることができるという安心が、信頼につながっているということです。

ここで1つ、このe-Patientポータルを使ってできる便利な機能をご紹介します。

つい最近「National eBooking system」というサービスが開始されました。これを使うと、自分が病院で診察を受けたいときに、オンラインで診察の種類や地域、希望期間を指定して検索することで、エストニアにあるすべての病院からその専門医師の予約可能な時間を割り出して予約することができます。

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【National eBooking Systemで精神科医の予約可能時間を検索した結果】

このように予約システムを統合することで、各病院に別々の予約窓口があったときと比べて大幅な時間の短縮が期待されています。

エストニアから学べること

ところで、なぜエストニアはこれほど効率的にデジタル化されたヘルスケアの仕組みをつくることができたのでしょうか。

これはヘルスケア分野に限った話ではありませんが、そこには常に政府の強い推進力があるといいます。エストニアでは、制度として定まったものに対して政府は強く推し進めることが多いようです。特にデジタル化に関しては大きな負担がかかる中で、政府が先導となって動かしてきた結果が電子国家としての今につながっています。

また政府の打ち出す方針に対して、ソフトウェア開発やデザイン設計のコンペティションが民間で行われ、その中から最も優れたアイデアがサービスに採用されるという仕組みがエストニアでは当たり前です。

つまり競争によってより良いものが生まれ、政府にとっても民間にとっても相乗効果であるという考えです。

加えて、大きな変化には国民の理解も欠かせません。

エストニアには社会省の下にe-Healthを専門で取り扱う「TEHIK」(The Health and Welfare Information Systems Centerの略)という機関があります。TEHIKはe-Healthが打ち出されてから多くの広告を出して、国民がe-Healthの仕組みやe-Patientポータルの使い方を正しく理解できるように努めたといいます。

ITのような新しい概念では、技術的な問題よりも国民の理解が重要であることが多いです。エストニアでは、デジタル化に必要な歯車を政府、民間、そして国民の間で上手に作用させることで、世界で最も先進的な電子国家となりました。

小国だから新しい政策への移行負担が少なかったというのは結果論にすぎません。このようなエストニアのデジタル化への姿勢から日本が学べることはたくさんあるのではないでしょうか。

熊谷宏人 氏

Next innovation OÜ 代表取締役

1997年生まれ、東京都出身。東京・小平と米・イリノイにて幼少期を過ごす。エストニアのサイバーセキュリティー教育に魅了され、タリン工科大学ITカレッジのサイバーセキュリティー専攻に入学(在学中)。2018年3月にエストニアでNext innovation OÜを起業。日本とエストニアの架け橋となるべく日々奮闘中。

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