世界最先端のIT国家、エストニアを知っていますか
【第5回】IT化の本質は不確実な未来への準備

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2020年11月17日

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世界最先端といえる電子政府を実現し、ほとんどのサービスがオンラインで完結する国があります。バルト三国で最も小さい国、人口約130万人のエストニアです。そのIT活用方法は世界中から注目を集めています。コロナ禍でエストニアはどうITを活用したのでしょうか。日本のDX推進の参考にもなる取り組みを紹介します。

2019年末、中国の武漢に始まったCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)は瞬く間に世界中に感染を拡大し、2008年のリーマンショックを超える経済損失をもたらしました。感染者数は2020年11月16日現在までに5400万人に上り、死者の数は130万人を超えています。

日本でも人々の暮らしは大きく変容し、ソーシャルディスタンスという言葉を聞かない日はありません。またロックダウン(都市閉鎖)の影響などもあり、生活のさまざまな面でリモート化への順応を余儀なくされています。家で過ごすことが多くなり、ウィズコロナ、アフターコロナの時代にどのように生きるかを考える人も多いのではないでしょうか。

それではここで、日本から約7800km離れたエストニアの状況を見てみましょう。

エストニアのコロナ後の対応

2020年3月11日にWHO(世界保健機関)がパンデミックを表明した翌日の12日に、エストニア政府は緊急事態宣言を発令しました。その時点でのエストニア国内の感染者数は16人、死者は0人でした。


またその数時間後にはエストニアの起業家たちが呼びかけ、パンデミックが原因で起こっている問題を解決するためのオンラインハッカソン「Hack the Crisis
新規タブで開く

」開催が発表されました。わずか6時間で準備されたイベントは13日から15日まで開催され、20の国から1000人以上が参加し、誕生した素晴らしいアイデアのいくつかがサービス化されました。


HackTheCrisis
イベントにオンライン参加している様子

そしてエストニアで始まったこのムーブメントは世界中に呼応し、約100カ国から1万2000人以上が参加する「The Global Hack 新規タブで開く 」イベントへと発展しました。このイベントはCNNやForbesなど、数々のメディアで取り上げられ、その後も多くの国で#HackTheCrisisの名のもとにイベントが開催されています。

これらのコロナ禍の動きを通してエストニアは問題を機会に転換する起業家精神や、後述するIT立国としての基盤の強さが、世界が危機的な状況に陥っている中でますます重要であることを示しました。しかしここでもう一つ注目すべきは、行政と民間の強固な連携体制です。3月のHack the Crisisの開催に当たっては、エストニアIT大臣Kaimar Karu氏の力強いサポートがありました。そして誕生したサービスの一つであるチャットボットの「SUVE 新規タブで開く 」は、現在いくつもの政府公式サイトに実装され、コロナに関する情報を必要とする人々に正確かつ効率的に届ける役割を果たしています。また4月のThe Global Hackには国連や欧州委員会のサポートがあり、その後の動きを見据えた意義のあるイベントとなりました。

困難な状況下では人々は政府に多くを頼りがちですが、上の例のように一人ひとりがムーブメントの一部となって問題を解決する動きを取ることで、企業や国を超えた影響を及ぼすことができるのです。他にもエストニアが先導となって、北欧7カ国が自国で開発されたデジタル教育サービスを世界中に無償で提供する 新規タブで開く など、コロナの状況を打開するための動きが多くみられました。

このように、エストニアのコロナ禍への対応から学べることはたくさんあるでしょう。しかしそれは氷山のほんの一角でしかなく、最も重要なのはエストニアが築き上げてきたIT基盤であり、不測の事態にいかに準備できていたかという点であることを、次のパートでひも解いていきます。

e-Estoniaの基盤

エストニアでは99%の行政サービスがオンラインで利用可能です。

日本で学校が休校となり、IT化やオンライン授業への対応に苦労している中、エストニアでは2002年から導入されているe-Schoolの仕組みにより、教師、生徒、保護者がスムーズにリモート環境に移行することができました。また2015年から計画されてきた全ての教材のデジタル化は2020年までに完了する予定です。

また日本でコロナを契機にようやく政府が声を上げ始めたハンコの廃止や契約書類のペーパーレス化も、エストニアでは既に電子著名が当たり前であり、国のGDPの約2%分が節約されています。

選挙はどうでしょうか? 6月の東京都知事選では三密を避けるために期日前投票が積極的に呼びかけられました。一方のエストニアでは2005年から国政レベルでオンライン投票が実施されています。2019年の議会選挙では4割以上の投票がオンラインで行われ、6%以上が国外からの投票でした。エストニアではオンライン投票は従来の紙の投票に比べて1/20のコストで実現しています。

そしてコロナ禍で最も需要が集中しているヘルスケアに関しても、前回の記事 新規タブで開く でご紹介した通り、エストニアでは2008年からデジタルヘルスが実行されているため、対策はスムーズでした。関連して、8月にサービス開始したコロナ接触通知アプリの「HOIA 新規タブで開く 」はその強固なヘルスケア基盤のもとに作られています。

アプリで陽性と申告するためには、ユーザーが個人IDによる認証を行う必要があるため、虚偽の申告がなく認証の手間がかかりません。またこのアプリはエストニア社会省が主導となり、国内でソフトウエア開発、セキュリティー、デザインなどを専門とする12社が共同体となって無償で作られました。まさに官民連携のベストプラクティスと言えるでしょう。

このように、エストニアで徹底的に追求されている国のIT化の本質は、生活の無駄を排除することによる効率化や利便性の向上という、短期的に見える結果や現状にもたらされる変化だけではありません。むしろ予測ができない未来に対していかに準備し、起こった事態にどのように対処できるかという、不確実性に立ち向かう能力と言えるでしょう。

HOIAアプリのホーム画面

エストニアが行っている"未来への準備"の中でも特にユニークなものを挙げるとすれば、データ大使館かもしれません。

簡単に言えば、国のデータのバックアップを国外のデータセンターに置き※1、大災害や侵略などで国が物理的に危機的状況に陥った際にも重要なデータが失われないようにするための対策です。この世界初の取り組みを2017年から開始しているエストニアにおいて、IT化のビジョンは国境という概念をとうに超えています。

そしてブロックチェーンと同様の技術を用いたX-Roadというレイヤーの仕組みが全てのデータ交換を支える基盤であることは過去の記事 新規タブで開く で既に言及した通りです。

日本はどのように変革できるか

ここまでエストニアのコロナ対策と、その支えとなっているITの基盤を紹介しましたが、このような先進事例を知った上で重要なのは、そこから何を学び、どのように実行できるか、ということです。

幸い、日本でもエストニアを参考に行政のIT化に取り組む自治体が近年増加しています。しかし、日本の規模を考えるとまだまだ小さな動きでしかないのも事実です。

そんな中、コロナウイルスという外的要因によって社会の急速な変化が求められているこの状況は、国にとっての大きな転換期と言えるでしょう。なぜなら、一人ひとりが当事者としてIT化という避けられない流れに向き合わなければいけない状況だからです。

ところで、日本にとってのIT化とはどのような目的のためでしょうか?

もちろん、IT化により生活が便利になるのかもしれませんが、それは目的に向かうための道筋であって、その先にどのような社会を望むかが最も大切です。

例えばエストニアにとっては国の生き残りを賭けたIT化でした。1991年にソ連から独立してからの5年間で人口が8%減少する状況の中で、国の将来を危惧して若い政府がITに投資したのです。つまりエストニアにとってIT化とは、国の存在意義に直結するものだったのです。他にも、国によっては治安統治のためや災害対策のためなど、コアとなる目的はさまざまです。エストニアを含め、他国の事例を参考にする際は、国の現状の違いもさることながら、未来への進み方も異なるということを考えなければいけません。

例えば日本は世界一中央年齢が高い※2国です。65歳以上の高齢者の人口に占める割合は28%に上り、2040年までに35%まで増加すると言われています。

つまり、世界で最も高齢者のITへの適応が重要課題な国と言えます。例えばエストニアの電子投票では18歳から34歳までの国民の投票数と、55歳以上の国民の投票数がほとんど同じです。世代を問わず普及しているサービスの例としてエストニアの取り組みが参考になるかもしれません。

何のためにIT化をするのかを考えることは、国にとっても個人にとっても難しい課題ですが、今このコロナ禍では、パンデミックだけでなく、人口減少や自然災害など、未来に起こり得る不安への準備としてのITを考えてみる、最高のタイミングなのかもしれません。

  • 12017年からデータセンターをルクセンブルクに設置
  • 2中央年齢とは、人口における年齢の「中間点」。中央年齢より年上の人の数と年下の人の数が同じになる。日本の2015年の中央年齢は46.3歳  出展:UN Population Division(Median Age)(2017)

熊谷宏人 氏

Next innovation OÜ 代表取締役

1997年生まれ、東京都出身。東京・小平と米・イリノイにて幼少期を過ごす。エストニアのサイバーセキュリティー教育に魅了され、タリン工科大学ITカレッジのサイバーセキュリティー専攻に入学。2018年3月にエストニアでNext innovation OÜを起業。日本とエストニアの架け橋となるべく日々奮闘中。

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