世界最先端のIT国家、エストニアを知っていますか【第6回】IT教育とスマートシティーから見る変革の仕組み

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  • 2021.04.21

新型コロナウイルス感染症の流行は私たちの生活にさまざまな影響を与えました。外出制限などによるリモートワークや学校におけるオンライン学習の急増、ECサイトなどのオンライン消費へのシフト――。全体的に、コロナ禍が仕事や生活の中におけるITサービスの普及を大きく推し進めています。今回の記事では、エストニアが変わりゆく世の中で新しいサービスを生み出し続けられる背景をひも解くため、「基盤」と「変革」をテーマに国の仕組みを紹介します。

Next innovation OÜ kumagai

Next innovation OÜ
代表取締役
熊谷宏人氏

1997年生まれ、東京都出身。東京・小平と米・イリノイにて幼少期を過ごす。エストニアのサイバーセキュリティー教育に魅了され、タリン工科大学ITカレッジのサイバーセキュリティー専攻に入学。2018年3月にエストニアでNext innovation OÜを起業。日本とエストニアの架け橋となるべく日々奮闘中。

コロナ禍のエストニア

日本では、コロナ禍で初めて見えてきたIT化の課題を解決すべく、行政も民間も必死になって動いてきました。しかし一方で、今回も再びスポットライトを浴びるエストニアでは、すでにIT化されていて課題に対応できている現状に対し、より良くするためにはどうすればいいか、何がイノベーションにつながるのかに焦点が当てられています。


その中でも、政府での導入や世界初のサービスなども誕生しており、例えばそのうちの1つに、医師の臨床意思決定を支援するツールがあります。患者の過去5年間の診断、投薬、検査、血圧測定値、ライフスタイル指標などのデータを収集して分析するシステムで、全国規模で導入されているのは世界で初めてのケースといえるでしょう。


コロナが流行し始めてからの約1年の間に、エストニアではこのような事例が次々と誕生しています。他にも、前回の記事で紹介したようなコロナ後の対応には、日本とは違った迅速さと変化への寛容さが感じられます。


エストニアが変わりゆく世の中で新しいサービスを生み出し続けられるのはなぜか。背景をひも解くため、「基盤」と「変革」をテーマに国の仕組みを紹介します。

最も先進的なIT教育

エストニアがITで先進事例を生み出し続けられる最たる理由は、IT教育にあるといえるでしょう。1991年の独立から5年後に打ち出した政策「Tiger's Leap」で、すべての学校にコンピューターを配備しました。今ではタブレット端末を使った授業が当たり前に行われており、2020年までにすべての学校教材がデジタル化されています。生徒は重いテキストを持ち歩く必要がなく、代わりにタブレットやPCから、いつでもどこでも学べる環境にアクセスすることができるのです。また、小学生のうちからプログラミングを学ぶ授業があり、中にはビットコインのソフトを覚えるものまで存在します。

小学生がタブレットで模型を設計している様子

小学生がタブレットで模型を設計している様子 © Renee Altrov  

生徒、教師、保護者は「eKool」という管理プラットフォームによりすべてオンラインでつながっており、すべての関係者のコミュニケーションがオンラインで一元化されています。20年以上前から存在するこのシステムは、現在100%の学校で利用されており、教師のデスクワークを毎日45分も節約しているといいます。


これほど教育の現場をITで整備しているエストニアです。国際的にトップレベルの優秀な学力があるのも不思議ではありません。実際、3年に1度実施される国際学力調査「PISA2018」では、数学、科学、読解の3科目すべてでエストニアはヨーロッパ1位となっています。世界全体で見ても、総合スコアでシンガポールと中国に次いで総合点が高く、さらにその2カ国と異なり、エストニアでは経済的な貧富の差による教育格差が小さいという特徴があります。これはすべての国民に質の高い教育が行き届いていることを示しています。

PISA 2018のEU内における国別の3科目平均ランキングと日本との比較PISA 2018のEU内における国別の3科目平均ランキングと日本との比較
(※ PISA 2018 resultsを基に作成 https://www.oecd.org/pisa/publications/pisa-2018-results.htm


ここで強調したいのが、エストニアは独立した時から、「国自体がスタートアップ」であったということです。ゼロから国を立て直し、数年で教育のIT化に着手し、10年とたたずに才能あふれる若い起業家たちによってSkypeが誕生しました。このスタートアップの潮流の中でIT教育を受けた子供の多くは、将来IT分野を志します。そして最近の調査では、高校を卒業する生徒の約6割は、将来起業家になることを考えていると答えました。驚くべき数字ですが、このように国の成り立ちと教育に懸ける想いを知れば、当然の結果といえるのかもしれません。


そして忘れてはいけないのが、これらの仕組みはIT国家としての強固な基盤によって実現している、ということです。以前の記事では、エストニアにおいてIT制作の基盤となるX-Roadなど、強固なセキュリティー実現へのアプローチを紹介しています。


エストニアには、ITの仕組みを通して教育に投資し、育った人材により社会が変革され、より良いITの仕組みが構築される仕組みがあります。そこには格差が生まれず、強固なセキュリティーによって透明性が担保され、老若男女が学び続ける堅牢で好循環な教育エコシステムとなっているのです。

地域密着、人間中心のスマートシティー

教育が未来への投資だとすれば、今を生きる人々の生活は、IT基盤の上でどのように成り立っているのでしょうか?

歴史と現代が交わる街タリン。生活者にとってもとても住みやすい都市

歴史と現代が交わる街タリン。生活者にとってもとても住みやすい都市  © Kaupo Kalda

それを一言で表すならば、「人間中心のスマートシティー」といえます。トヨタが最近開発を進めているWoven Cityの話題でなじみのある方もいるかもしれません。人間中心のスマートシティーとは、人の暮らしの価値を最大化するために、どのようにスマートな街づくりができるか、という視点でITの導入などを考えるアプローチです。


エストニアはスマートシティーの開発に大変積極的な国です。人間中心の社会設計の上では、残されるべき価値と、置き去りにされることのない住む人々の想いを大切にし、それを支えるためにITがあるという考えが尊重されています。


例えば、世界で先駆けてモバイルパーキングを導入したのはエストニアであり、現在は有料駐車の9割はモバイルパーキングによって完了しています。

モバイルパーキングアプリで車を駐車する画面

モバイルパーキングアプリで車を駐車する画面


他にもエストニア第2の都市タルトゥでは、市民が地域予算の使い道を一部決められる市政、ゼロエミッション技術による自然保護、外での運動を促進する施設設備やイベント計画、市民同士の交流、スマート自転車を利用したデータ分析による効率的な街づくりなど、さまざまな方向から人の暮らしを豊かにする街づくりが考えられています。

タルトゥ(エストニア第2の都市)で2019年から開始したスマートバイクシェアサービス

タルトゥ(エストニア第2の都市)で2019年から開始したスマートバイクシェアサービス

そして言ってしまえば、エストニアは国自体がスマートシティーであるといえるのです 。考えてみれば、国全体でITが整備されていて、99%の行政サービスにオンラインで接続できるので、確かにそうかもしれません。つまりエストニアにとって、スマートな街づくりは特別ではなく、当たり前の考えであるといえます。


ITの強固な基盤と、その上で人々が安心して暮らせるセキュリティー体制があり、「Smart City」ならぬ「Smart Nation」が実現しています。

エストニアから日本へ

今回のテーマは、IT国家エストニアの事例を基に考える、「基盤」と「変革」でした。それを、「教育という未来」と、「暮らしという現在」の2つの視点から眺めた時、エストニアのIT基盤の本質とは何か、そこから生まれる変革とは何か、改めて考えてみましょう。


ポイントは2つに大別できると考えます。


1つは、基盤と変革の相互作用です。つまり、基盤(ITシステムやそれを支えるセキュリティー)が自由な変革を可能にし、変革(教育や起業家マインド)が基盤をより強くする相互作用が実現しているということです。つまり、基盤と変革がすべてを可能にしていると言っても過言ではありません。今の情勢でいえば、コロナ禍などの予想不可能な出来事に対応できる体制と、そこに打ち勝とうとするイノベーションが起こりやすい環境が整っている、ということです。



そしてもう1つは、そんなITで成り立っている国だからこそ、取り残される人のいない社会を実現しようとしていることです。上のIT教育とスマートシティーの例から、エストニアがいかにさまざまなアプローチで貧富や老若男女、地域で生じる格差を縮めようと解決を図っているかが分かります。


ここで、日本人として学べることは何でしょうか?


日本はよく、インフラがとても整備されているといわれます。しかしそれはこれまでの発展の歴史の中で積み重ねてきた、過去から現在までの基盤のことではないでしょうか。エストニアの事例から分かる通り、基盤を現在から未来へのベクトルで整備することが、今後より大切になります。そこに新しい変革を生み出せるエコシステムが生まれるために、まずは当事者意識を持つこと、それが一人一人にできる未来への一歩なのかもしれません。




   エストニアの今

     新型コロナウイルス感染症の広がりは、エストニアにも大きな影響を及ぼしています。
     首都タリンの今を写真で紹介します(2021年4月初旬時点)。

首都タリンの自由広場     タリン旧市街の東に位置する城門Viru Gate(ヴィルゲート)を城壁内側から見た風景     旧市街の一風景
 首都タリンの自由広場。普段は地元の人
 や観光客が多く行き来する広場。
 ちょうど、在エストニア日本国大使館の
 入り口あたりから撮った写真
  タリン旧市街の東に位置する城門
  Viru Gate(ヴィルゲート)を城壁内側から
  見た風景。新市街との間にあり、旧市街で最
  も人が多い通りの1つだが、日中でも人通り
  はまばら
  こちらも旧市街の一風景。レストランや
  カフェなどの外食施設はイートインが規
  制されていて、営業休止しているお店も
  多い



現在もなお猛威を振るう新型コロナウイルス感染症、ワクチン接種が世界的にも増え始めている中で、まだまだ先行きに対する不安はぬぐえません。しかし同時に、その不安は皆が感じていることであり、個人や一企業、もっと言えば国だけで解決できる問題ではありません。


ご紹介したように、エストニアには発展したIT基盤と変革の仕組みがあり、それらもすべて「ひと」が協力して実現しています。そこには目先の利害関係を超えた、エストニアをより良くしたい、国として発展させたい、という愛国心があるエストニア人だからこそ、行政と民間の連携がうまくいくのです。


大切なのは、共通して目指したいと思う未来を共有することです。誰しも人類が新型コロナで滅びてほしいとは思わないでしょう。であれば、コロナに打ち勝つ、より良い世界を実現するために、一人一人がグローバルな視点でお互いの心をコネクトしていくことです。そうして人と人がテクノロジーを超えてつながれば、この困難な状況は必ず打破できると、感じずにはいられません。


2021年4月27日(火)、5月12日(水)開催の本セミナーでは、2020年12月に改定が公表された「地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」の概要と課題となるポイントを、事例も交えてわかりやすく解説します。また、今回の改定で注目されているエンドポイントセキュリティーの一つ「EDR(Endpoint Detection and Response)」とはなにか、なぜ必要とされているのかをご説明いたします。



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