動物行動学研究家 竹内久美子氏インタビュー 命懸けだからこそ進化、生物に学ぶ危機管理

  • セキュリティー対策
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  • 2021.06.08

アフリカに生息するベルベットモンキー


動物行動学の最新の研究成果をわかりやすく伝える執筆活動を続けている竹内久美子氏。京都大学大学院時代は動物行動学の第一人者の日高敏隆氏の下で動物のコミュニケーションの研究を行い、その知見を生かして動物の行動における不思議や人間社会との関係をひもといています。今回は竹内氏に動物や植物を対象としたさまざまな研究成果を伺いました。そこからは、人間社会だけでなくITセキュリティーにも通じる危機管理の考え方が見えてきました。



――動物行動学から見て、動物はどのように危機管理をしているのでしょう。

動物にとって、最大の危機は「食べられてしまう」ことです。そこには「命/ごちそう原理」が成り立っています。捕らえて食べる捕食者にとっては、「ごちそう」を1回逃すだけですが、食べられる側の被捕食者にとっては「命」が懸かっているわけです。すなわち、捕食者の方策よりも、食べられる被捕食者の危機管理のほうが進んでいるのです。


――代表的な危機管理の方法は何でしょうか。

群れをつくることがその一つです。1匹だと襲われてしまうケースでも、大勢が一緒に行動していれば犠牲になるリスクを減らせます。大勢で見張ることで捕食者の襲来をいち早く察知もできますよね。例えば中南米の川に住む魚のグッピーの研究では、捕食者が多い川に住むグッピーほど密な群れをつくることがわかっています。食べられないようにする危機管理の工夫なんですね。

大発生も特殊な声も危機管理のプログラム


――群れをつくるという動物の習性が危機管理の一貫としての行動であることがわかりました。それ以外に動物行動学から見た特徴的な危機管理の手法はありますか。

素数ゼミというセミを聞いたことがあるでしょうか。周期ゼミと呼ばれることもあり、13年ごとに大発生する13年ゼミ、17年ごとの17年ゼミがいます。


――発生間隔が13年や17年という素数であることが危機管理とどのような関係があるのでしょう。

13年や17年は割り切れる数がない素数で、しかも大きな素数ですから、捕食者と発生周期がまず重なりません。もう一つ素数ゼミの特徴は、発生する年には大量発生することです。少しぐらい捕食者がいても振り切って生き延びられるようにしているわけです。素数年の繁殖サイクルと、大量発生という二重のセキュリティー対策を施しているのが素数ゼミなのです。


――複数のセキュリティーで守りを盤石にしているわけですね。それでは動物行動学から見たとき、危機管理のためにコミュニケーションを活用している例はありますか。

アフリカに住むミドリザルとベルベットモンキーという2種類のサルは、350万年前に進化の枝分かれをしたと考えられています。
ベルベットモンキーには、危機を仲間に伝える3種類の声があります。ヒョウとヘビとワシに対するもので、それぞれ危険を察知したときの逃げ方が異なり、伝える声も違うのです。一方、ミドリザルはヒョウとヘビが来襲したときにはベルベットモンキーと同様の声を出すのですが、空に天敵がいない地域に生息していたためベルベットモンキーの「ワシ」に対する声と同様の声は確認できていませんでした。
ところが、研究のためミドリザルの生息地域にワシの代わりにドローンを飛ばしてみたところ、空に怪しい物体が飛来したことで、ミドリザルもベルベットモンキーのワシへの対応と同じ声を発することがわかりました。


――350万年たっても種を超えて同じ危機対応力を残していたのですね。 一企業だけでは巧妙化する攻撃に対処できません。企業のITセキュリティー対策にも通じるように思います。

走り続けなければ生き延びられない――赤の女王仮説


――生物の危機管理のコミュニケーションは、動物だけのものですか。

植物にもあります。最近の研究では、シロイヌナズナが捕食者であるガの幼虫に対して防御反応するメカニズムがわかってきました。
この研究では、シロイヌナズナに3段階の防御応答が確認されました。一つは葉が食われたり卵を産み付けられたりしたときの物理的、化学的な変化からガが来ていることを検知するもの。二つ目は捕食されていることを伝達する信号や物質を出して、近隣の細胞や他の葉などに知らせるもの。そして三つ目は食害に将来対応できるように遺伝子の発現を制御するものです。ガに食べられるという状況から、遺伝子の発現制御までしているというのは驚きですが、動物と違って動けない植物だけにすごい対応をしているのです。


――危機管理の対応は、変化していく必要があるということですね。

危機の体験が遺伝子の修飾に影響を与えることは、動物でも人間でも不思議ではありません。動物も植物も含めた我々の一番の敵はウイルスやバクテリアなどの寄生者です。コロナウイルス騒動で実感していると思いますが、寄生者は絶滅しないようにどんどん変化し、私たちも対抗策として免疫力を高めていきます。

進化生物学には「赤の女王仮説」というものがあります。ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」に登場する赤の女王が「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」といったことに由来しています。私たちは、動く歩道に逆向きに乗っているようなものです。その場にとどまるためには常に動く歩道と同じ速さで走り続けていないといけない、すなわち常に進化し続ける必要があるということです。ある一定の対策で危機管理ができたとしても、そこで止まっては進化する敵に負けてしまいます。


――ITセキュリティーにも、赤の女王仮説が適用できそうな気がします。システムなどに入り込んでくる攻撃者を寄生者と考えたら、宿主である利用者側も変化し続けないといけないですね。現状と同じ安全性を保つためには、進化し続けないといけないという動植物の考え方は、そのままITにも適用できます。

似たような業種、規模の企業で情報交換する有用性


シジュウカラ。混群では血縁以外でも助け合うことがある。



――生物が危機管理のコミュニケーションを取るときの相手は血縁ばかりなのでしょうか。

チスイコウモリという家畜の血液を吸って生きているコウモリがいます。メスは木の洞に10年といった長期間同じメンバーで住み着いています。二晩ほど血を吸えないと死んでしまうぐらいのもろい生物ですが、同じ洞に住むメス同士は血を吸えなかった個体に口移しで血を与えるのです。血縁ではなく、長い付き合いの時間があるから、お互いに苦境を救う関係ができあがります。


――血縁だけでなくても、長く関係がある「身内」に対しては助け合うことがあるのですね。

自然界では1回限りの関係では性悪説を取り、相手を信頼しないことが普通です。しかし関係が長く続けば、血縁以外でも信頼することはあります。鳥には、「混群」という複数の種が集まって群れをつくる習性があります。シジュウカラやコガラ、エナガ、ゴジュウカラ、ヤマガラなどです。これらは種は異なりますが、関係としては非常に近い種です。

こうして見るとITの危機管理でも、似たような業種、規模の企業同士は、協力してセキュリティーを高めることに効果がありそうです。情報共有をすることで危機管理するという意味では、自然界もITの世界も同じなのかもしれません。


――企業も攻撃者との関係では「命/ごちそう原理」で危機を"命懸け"だと認識すべきですね。まずは危機を危機と認識することが重要だと感じました。その上で、赤の女王仮説にあるようにITセキュリティー対策も「走り続ける」必要があります。危機管理の考え方を日々進歩させるということが動植物から学べました。本日はありがとうございました。

 プロフィール
竹内久美子(たけうち くみこ)
1956年愛知県生まれ。動物行動学研究家。京都大学理学部、同大学院博士課程を経て著述業に。著書に『ワニはいかにして愛を語り合うか』(新潮文庫)、『そんなバカな!遺伝子と神について』(文春文庫)、『ウエストがくびれた女は、男心をお見通し』(WAC BUNKO)など多数がある。






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