製造現場で培ってきたノウハウを持つ社内人材を生かした取り組みが加速
日本の製造業における生成AIの利活用の最新トレンドとは

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2025年04月07日

  • AI
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企業におけるAI(人工知能)の活用が進む中、製造業の現場では不良品検査、異常検知、予知保全などへの応用が進められてきました。そしてChatGPTに代表される生成AIの登場により、利活用の幅はさらなる広がりを見せています。こうしたAIをいかにして自社の成長につなげていけばよいのでしょうか。製造業を中心としたAI活用研究の第一人者として知られる早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム研究機構 上級研究員 研究院教授の速水 悟氏に、そのポイントを伺いました。

目次

すでに“当たり前”のものとなった製造業におけるAIの利活用

速水 悟氏の写真 早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム研究機構 上級研究員 研究院教授
速水 悟氏

——まず初めに、日本の製造業におけるAI活用の取り組み状況を教えてください。
 
速水 悟氏(以下、速水)製造業ならではのAI活用の特徴は、単なるユーザー企業ではないことです。社内に多くの技術者がいて、技術そのものも自分たちで有しているため、AI活用に関しても内製化に取り組む企業がほとんどです。当然、人材育成についても高いレベルにあります。

——なぜ製造業の取り組みは進んでいるのですか。
 
速水端的に言えば、製造業は以前から普遍的な課題にチャレンジし続けており、そこで使われている技術がどんどん進化しているからです。
 
品質管理で用いられる外観検査を例にあげると、かつては「OK(良品)」と「NG(不良品)」を見分けることしかできなかったのが、現在では異常の種類まで見分けて原因の分析につなげ、さらに装置の低コスト化を進めるなど、高度な技術が開発されています。
 
生産設備の稼働監視も同様で、当初は装置内の温度が一定のしきい値を超えたらアラートを発するといった単純な仕組みでした。現在はIoT(Internet of Things)の基盤を通じて多様なセンサーデータをリアルタイムに収集し、複合的に分析できます。トラブルが起こる前に予兆を検知することを目指している段階です。
 
工場内の設備や装置のライフサイクルは非常に長い年月に及ぶため、一見しただけではあまり代わり映えしないと思われがちですが、背後では新たな技術が積極的に導入されてきました。そうした中で機械学習や深層学習などをベースとしたAIモデルも、“当たり前”の技術として使われるようになっています。

製造現場とAI

製造業がなぜ生成AIの活用に出遅れてしまったのか

——生成AIについても同様に高度な活用が進んでいるのでしょうか。
 
速水:そうなればよかったのですが、これまでのAIの活用と少し勝手が違い、生成AIについては出遅れてしまった感が否めません。
 
2022年に登場したチャットサービスのChatGPTは、社会に大きなインパクトをもたらしました。「これはすごい技術だ!」と、2023年初頭には多くの企業が大規模言語モデル(LLM)の活用に向けて動き始めました。
 
一方で、生成AI活用の課題についても注目が集まりました。例えば、生成AIに入力した情報がLLMに再学習されて外部に流出してしまうセキュリティーリスクや、回答結果に誤りが含まれるリスクなどに過剰反応して、二の足を踏んでしまったのです。
 
——どのようにすればよかったのですか?
 
速水:振り返ってみると、トップダウンで生成AIの活用を進めることは、必ずしも良い結果をもたらさなかったように思います。むしろ、ボトムアップで興味を持った人たちが仲間を作って、情報を共有するような進め方が向いているのではないかと思います。
 
ただ、2025年を迎えた現在、課題に対する対策や生成AIの活用事例が共有されるようになり、風向きは大きく変わってきました。私も東海地方の製造業を中心に、2023年から生成AI活用の講演会、プロンプト体験ワークショップ、API(Application Programming Interface)プログラム研修などの企画と運営に関わってきました。
 
さまざまな機会を通じて「学生時代から生成AIを日常的に使いこなしてきた新たな人材がすぐに社会に出てくる。社内の人材が使いこなせないと困りますよ」と訴えてきました。そんな時代の変化を製造業もしっかり捉えており、出足こそ後れをとったものの、急速なキャッチアップが進んでいることを実感しています。

生成AIを製造現場で高度活用するための重要ポイント

——実際にどんな形で生成AIの活用が進みつつありますか。
 
速水:設計関係のドキュメントや製造現場に蓄積された保全報告書など、膨大な技術文書の中から必要な情報を検索する際に、LLMに外部の独自情報を組み合わせることで回答精度を向上させる、いわゆるRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の活用がトレンドになっています。
 
当然のことながら、単純な検索では意味がありません。生成AIの回答結果を、いかにより良い設計につなげていくのか、より安全な作業環境を実現してインシデントを防止するのかといったソリューションを実現すべく、多くの企業が取り組んでいます。
 
例えば、私も関わってきたあるエネルギー系企業との共同研究では、労働災害報告書を生成AIで読み解かせて、原因を推論させました。これは、労働災害に関連した企業内の知識の蓄積と再利用に着目し、構造化により再利用可能な知識として蓄積することを目指す研究です。
 
——決して簡単な取り組みではありませんね。
 
速水:たしかに簡単ではありませんが、そこが生成AI活用の成否の分かれ道となります。生成AIの先進的なモデルは、生産ラインの設計や安全管理、法規制、業界標準などの基本的な知識をすでに持っています。一方で、業界や企業ごとに異なる固有業務に関する知識やノウハウは、必ずしも言語化されているわけではありません。製造現場で培ってきた知識とノウハウを持つ人材を生かした取り組みが必要です。
 
この課題を乗り越えるためには、暗黙知を形式知化して企業内の知識の蓄積と再利用の仕組みを整えることを目指して、LLMやRAGの活用に取り組むことが必要です。検索だけでなく、社内の人材が持っている企業に固有の知識を蓄積しなければ、「この生産設備のレイアウトでは作業の危険が伴う」「この配管や床の設計では強度が不足する」といった、的確な改善提案を導き出すための推論ができません。

ニッチな領域で卓越した知見を持つ企業にこそ大きなチャンス

スマートファクトリ

——大手はさておき、中小の製造業もそうした課題を乗り越えていくことは可能ですか。
 
速水:数年前までは、高度なLLMの開発は大規模投資の競争でした。しかし今は違います。利活用のための基盤が整ってきたからです。多様な特徴を持つLLMや、画像・テキスト・音声などの複数の異なるデータを統合して処理するマルチモーダル基盤モデル、あるいはAIのチャットサービスなどがクラウド上で利用可能です。要するに大規模投資を行わなくても生成AIを活用でき、自社に特化した高精度のAIモデルも作ることができます。その意味で、中小や零細の製造業にもチャンスは広がっています。
 
——どうすれば効果的に生成AI活用に踏み出すことができますか。
 
速水:他の多くの技術と同じで、生成AIも本を読んで勉強するだけでは身に付かず、現実に直面している自社の課題を捉えた実践を重ね、その体験を組織で共有することが必要です。そういった場面で重要な役割を果たすのが、生成AIの活用に関する高度な知見と豊富な実績を持ち、PoC(Proof of Concept)やミニプロジェクトに一緒に取り組んでくれるパートナーの存在です。
 
——生成AIは今や誰もが使える環境が整っており、活用を支援してくれるパートナーもいるので、実践あるのみですね。
 
速水:日本の製造業には、規模は小さくともニッチな分野で世界トップクラスのシェアを持っている企業が数多くあります。実はそうした領域知識や専門知識こそが、生成AIの活用で生きてくるのです。LLMやAPIプログラムなどに関する技術知識はどんな企業も持っていますが、ニッチな分野になればなるほど、その特殊な知識やノウハウは自分たちの中にしかないのですから。
 
目の前の小さな課題にも地道に取り組み、実践を重ね、経験を持った人材を着実に増やしていく企業には、大いなる見込みがあると強く訴えておきたいと思います。

 

速水 悟

早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム研究機構 上級研究員 研究院教授

1981年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。同年通商産業省工業技術院電子技術総合研究所(現国立研究開発法人産業技術総合研究所)に入所。カーネギーメロン大学客員研究員、フランス国立科学研究センター機械情報学研究所客員研究員、産業技術総合研究所、岐阜大学教授を歴任し、2021年より現職。2022年からAI活用とDX推進のための社会人講座を担当。岐阜大学特任教授を兼務。
著書に『事例+演習で学ぶ機械学習:ビジネスを支えるデータ活用のしくみ』(森北出版, 2016)、『製造業のAI活用を支える統計的機械学習&深層学習』(日経BP, 2020)、『製造業向け人工知能講義』(日経BP, 2024)がある。

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