「ありがとう」の感謝が環境によい行動を促進!ナッジを用いた「感謝の研究」とは?

【エネルギー×ITが創る未来 vol.12】

  • 環境

2021年11月26日

  • 資源循環

「ありがとう」と感謝のことばをもらえると誰でも嬉しくやる気が出てくるものだと思います。
今回インタビューさせていただいたNECソリューションイノベータでは、そのような人の心理に働きかけ、市民のごみの分別や資源循環への取組をそっと後押しする「感謝の研究」に取り組んでおられます。
このような行動科学の知見を活用し、「人々が自分自身にとってより良い選択を自発的にとれるように手助けする手法」は「ナッジ(nudge:そっと後押しする)」と呼ばれています。2019年12月に開催された環境省主催の「ベストナッジ賞コンテスト」ではNECソリューションイノベータが宮城県南三陸町で行った「感謝フィードバックによる資源循環促進」の取組がベストナッジ賞を受賞されました。
どのようなやり方でごみ分別を促進したのか、そしてこの研究がどのような未来社会をもたらすのか、本研究をご担当されているNECソリューションイノベータの日室聡仁氏にお話をうかがいました。

日室 聡仁(ひむろ あきひと)

NECソリューションイノベータ株式会社
イノベーション推進本部 主任

資源循環型社会の実現を目指し、ICT・行動経済学の活用を研究に取り組む。

NECソリューションイノベータ 日室氏

ありがとうが社会を良くする!向社会的行動を促進する「感謝の研究」とは?

貴社では「感謝の研究」をもとに資源循環を促進する取り組みを進めておられます。「感謝の研究」とはどのような取り組みでしょうか?

心理学の領域で、感謝には返報性があるといわれています。感謝を受け取った人は何かお礼をしたい気持ちになり、それが社会にとって良い行動、つまり向社会的行動として現れ、その行動を見た人が状況を評価して感謝の気持ちが生まれ、誰かに感謝を伝える。その感謝を受け取った人がまだ向社会的行動をする、というループを描く、というものです。

感謝の返報性モデル
感謝の返報性モデル
わかるような気がします。感謝されると嬉しくなってもっといい行動をしよう、という気持ちになりますし、誰かがよい行動をしているのを見たら感謝の気持ちが生まれて自分も見習おうと感じたり、その感謝を人に伝えたい気持ちになります。すごく良い循環ですね。

私たちは感謝の返報性を応用できないかと考え、まずは職域の領域で利用できる「Thanks App 新規タブで開く 」というアプリを開発しました。このアプリを使うと職場などで直接話しづらいときや言葉で伝えるのが恥ずかしいときに感謝を伝えることができます。感謝を伝えることで好ループを生んでいくことを目指しており、ある組織で実証を行い前向きな結果やノウハウを得ることができました。

感謝状が南三陸町の住民の資源循環行動を促進!

「感謝の研究」を資源循環領域に適用されたのは何かきっかけがあったのでしょうか?

資源循環領域の取り組みは持続可能な社会の実現を資源循環の切り口で考えているアミタホールディングス株式会社との出会いがきっかけです。アミタさんは、未来を見据え持続可能な社会を実現するために何が必要なのかを真剣に考え、本業以外にもさまざまな取り組みをしておられます。その中の一つとして宮城県南三陸町でバイオガス施設「南三陸BIO」を導入し生ごみの再生化に取り組んでおられました。

アミタさんとの出会いで資源循環領域に着目されたのですね。南三陸BIOによる生ごみの再生化とはどのような取り組みでしょうか?

家庭から出てくる生ごみをごみ集積所の専用バケツに入れていただき、それを南三陸BIOと呼ばれるバイオガス施設でメタン発酵させて電気と液肥を作り、電気は施設の稼働に活用、液肥は地元の農家に提供し野菜を作ってもらい、その野菜がまた家庭で食べられて残渣が生ごみとなってまた回収されて、という資源循環の系を作るものです。当時、南三陸BIOをフル稼働できる量の生ごみが回収できておらず、また、生ごみ以外のものも一緒に出されているという悩みがありました。そこで、生ごみの回収量を増やし異物混入率を下げることを目指して感謝の研究を活かす取り組みを進めることにしました。

どのような形で生ごみの分別を促進したのですか?

生ごみの分別に対して感謝をどのように伝えるかいろいろと考えた結果、ごみ集積所に感謝状を設置するというアナログな手法を用いることにしました。スマートフォンでの配信などの方法も考えましたが、南三陸町は高齢化が進んでいるため、スマートフォンを見てもらえないのではないかということ、また、私たちは感謝の返報性において小さく学びを得ながら進化していくということを重要視していますので、もっと手軽にできるやり方はなんだろうと考えた結果、物理的に掲示しようという結論になりました。

一つのごみ集積所に1週間ほど設置して、撤去してまた別の集積所に設置して、ということを繰り返し、計42カ所ほどに設置しました。

感謝状
(左)感謝状設置の様子、(右)感謝状
確かにごみ集積所に置いてあればごみを出しに行ったときに簡単に目に入りますね。

感謝状を設置したごみ集積所と設置していないごみ集積所では、設置した集積所のほうがごみの収集量が増加し住民の資源循環への意識がポジティブに変容していそうだという結果が得られました。

感謝状の設置で生ごみの分別意欲が促進されたのですね。この取り組みを行って、仮説と違った点や苦労した点はありましたか?

取り組みの結果については仮説をかなり検証することができ、思い通りにいき過ぎてびっくりしたくらいです!

苦労した点はこの取り組みの前段階として、生ごみの回収状況のデジタル化を行ったことです。以前は生ごみの回収状況について全体の重さと異物の有無などのデータはありましたが、各回収所のごみの量やどのような異物が入っているかなどは把握できていませんでした。そうなると、感謝状を設置してもどのような効果があったのか分析しPDCAを回していくことができません。そこで、どうしたらごみ収集業者さんに負担をかけずにデータを収集できるか検討し、iPadでデータを登録できる仕組みを作りました。ここに行きつくまでに、トラックでの作業状況を見学させていただいたり、車のどこにiPadを置いたら操作しやすいかを検証したりと、ごみ回収の実態把握や現場で使いやすいデータ収集の仕組みを作り上げるのになかなか苦労しました。初めてこのシステムを動かしたときに不具合が出てトラックを追いかける、ということもありかなり泥臭い作業をしたのが印象的ですね。

日常のごみ出しが生駒市の資源循環と地域コミュニティーを活性化!

南三陸町の実証は一旦終えられましたが、その後のどのような取り組みをしておられますか?

南三陸町でのノウハウを他の地域でも活用していきたいということで、引き続きアミタさんと連携し奈良県生駒市で日常のごみ出しを通じた地域コミュニティーの活性化に取り組んでいます。

ごみ出しがコミュニティーにつながるというのは興味深いですね。

ごみは生活していると必ず出るものなので、それを起点に人を集めることができるのではというアプローチです。コミュニティーの場でごみを分別して出していただき、そのごみを再資源化します。ごみを出すことで資源循環に寄与できて地域の方とも会えるという良いことづくめの場所です。

こちらではどのように感謝を示しているのですか?

ごみを持ってきてくれたらそこに設置してあるディスプレーから感謝のメッセージを流すとともに、持ってきたごみの量をランキング形式で表示し競争要素を加えています。スマートフォンからもその情報を確認できるようにしています。ごみを持ってくるとポイントが付与されて、地域のコーヒーショップでコーヒーが飲めるような仕組みも作り、域内の経済循環を促進しています。

地域の活性化は日本の地方部全体の課題ですよね。資源循環とセットで地域の活性化が図れたらすばらしいですね。

生駒市の自治会長さんとアミタさんが積極的にコミュニティーの活性化を進めておられ、このコミュニティーでコーヒーを飲んだり、地元の方が持ってきてくださったこたつで小学生が勉強したり、DIYが得意な方がコミュニティーで利用できる台を作ってくださったりとさまざまな交流が生まれています。

さまざまな資源循環の取り組みにナッジを取り入れ一人一人の行動を後押しすることで持続可能な社会を実現!

「感謝の返報性」を活用することでさまざまな地域で資源循環の促進が進められそうですね。

南三陸町でも新しい取り組みを進めています。南三陸町で住民にヒアリングやアンケートを行い分析した結果、75%ほどの方が南三陸BIOの取り組みに参加していただいていることが分かりました。十分に高い数字ではありますが、この数字を強制的な形ではなく住民の自発的な行動を促しながらもっと上げていきたいと考えています。
といっても、ナッジはその名の通り肘でつついて後押しするような影響の与え方ですので、環境問題や資源循環に興味を持っている方を後押した際には行動が促進されますが、あまり興味がないという方には効果を及ぼしづらいところがあります。2022年の上期にはナッジでの新しい施策、そしてナッジ以外の施策も加えて資源循環行動をさらに促進するための実証実験を開始する予定です。

ナッジ以外の取り組みも加え資源循環行動をさらに促進していかれるのですね。今後ナッジや関連施策を活用し、どんな社会になってほしいと思われますか?

私としてはみんなが無意識に環境配慮行動をする社会になってほしいと思っています。今私たちが環境に対する行動を変えなければ自分たちは良くても将来への負債を作ってしまいます。この負債は若い世代、もっと下の世代に引き継がれることになります。それを防ぐためには私たちが変わっていかないといけません。肘でつついて後押しするような取り組みが有効に働いて、誰もが環境配慮行動をするような未来を創れるのではないかと思っています。私たちのようにナッジに積極的に取り組んでいる人だけでなく、さまざまな人がナッジ施策を自然と使って後押しするようになることを期待したいです。

社会の環境配慮行動への意識が高まっているなかで、ちょっとした後押しが大きな効果を生み出すことになりそうですね。最後に貴社のナッジでの資源循環の取り組みの展望をお聞かせください。

この取り組みは資源循環領域のデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)の側面が非常に強いと思っています。DX自体がまだまだ浸透しつつある状況ですので、資源循環領域で本当にDX化を実現するにはまだまだ時間がかかると思いますが、それに向けて有益な事例作り、仲間作りをし、将来のビジネス化や先ほどお話したようなナッジでの資源循環促進が当たり前になるような社会を作っていけるようがんばっていきたいですね。

オンラインインタビューの様子
オンラインインタビューの様子

「感謝の研究」はもともとナッジを意識したものでは無かったそう。学会発表の際にこれはナッジだと教えてもらい、環境省のベストナッジ賞コンテストに応募したところグランプリまで受賞されたとか!国の動きに追随したのではなく、たまたま取り組んでいたことが国の注力領域だったというのも社会の動きを的確に捉えた取り組みをされた結果なのだと感じました。

インタビューを終えて

資源循環についてさまざまな施策が行われていますが、その施策を有効なものにするためには消費者一人一人の行動が重要になってきます。環境に配慮するのが良いことだと分かっていてもついつい面倒になってしまうこともありますが、感謝を示されることで自分自身の襟を正し、前向きな気持ちで行動することができそうです。資源循環に関してさまざまなDX施策が行われていますが、ナッジの要素を組み入れることが成功要因となるのではと感じました。

未来サービス研究所 金森

【エネルギー×ITが創る未来】について

エネルギーにまつわる市場環境は、今大きな変革のときを迎えています。
「エネルギー×ITが創る未来」では、ユニアデックス未来サービス研究所員がエネルギー分野で先進的な取組みをする専門家にインタビューし、エネルギーとITの革新によってどのように社会やくらしが変わっていくのか、未来のきざしを探っていきます。

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2021年11月26日公開

(2021年11月26日更新)

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