水素の活用がカーボンニュートラルを促進!安価な水素の作り方とは?
【エネルギー×ITが創る未来 vol.13】
- 環境
2022年03月01日
- カーボンニュートラル
古山 通久(こやま みちひさ)
株式会社X-Scientia 代表取締役2002年東京大学にて博士(工学)取得。2008年より九州大学教授、水素エネルギーシステム専攻の教育を兼担。2016年より物質・材料研究機構ユニット長としてグリーン水素の低コスト化に資するシステムを公表。2019年環境・エネルギー分野における社会実装加速のため株式会社X-Scientiaを創業。
現在の所属
信州大学先鋭領域融合研究郡 先端材料研究所 教授
京都大学オープンイノベーション機構 特定教授
広島大学大学院先進理工系科学研究科 客員教授
株式会社X-Scientia 代表取締役
ヴェルヌクリスタル株式会社 取締役
株式会社マテリアルイノベーションつくば 研究戦略企画部長
水素を安く作るには?余った電気と副産物の有効活用で安価な水素製造を実現!
2021年9月より「副産物の有効活用によるグリーン水素サプライチェーン構築に向けたシステム開発」を開始しておられます。これはどのような取り組みでしょうか?
社会的な実装可能性とはどのようなことでしょうか?
例えば社会からの受容性です。これから原子力発電所を新設しようという考えは社会から受容されることが難しいのではないでしょうか。水素に関しては、積極的に取り組む自治体も多く社会的な受容性は問題ないと考えています。一方、水素の課題はコストで、経済的な受容性がボトルネックになっていますので、この実証で我々がそれを解決する第一歩を踏み出そうとしています。
どのような方法で水素の製造コストを低下させるのでしょうか?
まず水素の製造コストを変動費と固定費で分けてみていきますと、変動費は水素を作るための電気代が中心です。通常私たちが自宅で使っている電気は1kWhあたり20数円、業務用はもう少し安くて1kWh当たり10数円です。これに対し、水素製造でターゲットとしている価格は1kWh当たり3~5円程度です。
私たちが家庭で使っている電気よりもずっと安くないと経済性が出ないのですね。そんなに安い電気があるのでしょうか?
再生可能エネルギーの多くは電力会社の系統に送り電力会社が買い取っているのですが、一定基準以上は電力会社が買い取りを行わない場合があります。電力会社が買い取りをしない電気は発電した場所で利用されますが、全てを使いきれるわけではありませんので、残った電気は捨てられてしまっています。
出力制御と呼ばれるものですね。せっかく発電しても捨てられてしまうのはもったいないですね。
太陽光発電や風力発電などは発電量が天候に左右されるため出力が不安定で、それも電力会社が買い取りを制限する理由の一つです。ですが、廃棄物発電のように安定的に発電できる電源も同じように買い取りが制限されています。
この事業をともに取り組んでいるアサヒプリテックでは温室効果ガス排出削減のため廃棄物発電が導入されていますが、発電した電力のうち数百kWが接続できない状態となっています。この未利用の電力を活用することで安価に水素を製造します。
現在余っている電気を活用することで安く水素を作ることができるのですね。余っていた廃棄物発電の電気を活用するという観点でも価値がありますね。変動費は電気代が中心ということでしたが、固定費はいかがでしょうか?
固定費の多くは水素の製造装置です。現在は製造装置の規格品はありませんので、オーダーして製造装置を作ってもらいますが、目標値の一桁上の価格です。将来的には規格品になり量産され価格が低下していくことが期待されますが、まずはこの高額な製造装置で水素を作り、それを減価償却し売上で回収していかなければなりません。
製造装置は急には安くできないので、その投資額を水素を売った売上で回収していくということですね。
その通りで、では水素をいくらで売れるか、という話になります。安く売れば買ってもらえますが、設備の投資回収ができる事業としては展開できず、高ければそもそも買ってもらえませんので、やはり事業になりません。この実証のもう一つのポイントが水素だけでなく副産物も製造し、この水素と副産物の二つの売上で製造装置のコストを回収していくということです。
水素だけでなく副産物も売ることで売上を上げ、水素製造の収益性を高めるということでしょうか。
そうですね。例えばマグロの赤身を安く売るにはどうしたらよいでしょうか。マグロを一匹仕入れてきて、全ての部位を同じ価格で売るのではなく、希少部位の中落やトロを高く売れば、赤身を安く売っても仕入れ値を回収し収益を上げることができます。同じように、副産物を高く買ってもらえる顧客を見つけ、その分水素を安価に販売し経済性を高めていきます。
出典:同事業プレスリリース
水素や副産物をどのようなところに販売していくお考えですか?
この実証のリリースを出したところ、さまざまな事業者からお問い合わせをいただきました。具体的には協議しているところですが、燃料電池自動車以外の用途を中心に検討しています。
水素の主要な用途といえば燃料電池自動車が思いうかびます。なぜ燃料電池自動車以外に注目しておられるのでしょうか?
燃料電池自動車用途を完全に排除するわけではないのですが、燃料電池自動車はすでに自動車メーカーをはじめとした大手事業者が積極的に取り組んでいる領域です。加えて燃料電池自動車の需要拡大にはもう少し時間を要します。このような中で大手と競合していくのは大変なことですので、それ以外の領域を開拓していくことを考えています。
カーボンニュートラル社会の実現には水素が必要不可欠!
「水素社会」という言葉を聞くようになりました。古山さんが考える水素社会とはどのような社会でしょうか?
よく水素社会とは何か、という話になりますが、それでは今は何社会だと思いますか?
今は・・・石油など化石資源の社会でしょうか。
そうですね。今は化石資源が中心です。一次資源で考えると化石資源で、それを電気エネルギーや熱エネルギー、水素エネルギーという二次エネルギーに変換して使っています。そう考えると、今後目指すのは、一次資源の中核に再生可能エネルギーを据え、それを電気エネルギーや熱エネルギー、水素エネルギーという二次エネルギーに変換して使う「再エネ社会」だと考えています。そして、再エネ社会実現のために水素が位置付けられます。
再エネを有効に活用するために水素が必要ということですね。
電気は発電したらすぐに使う必要がありますが、電気で水素を製造し、その水素をまた電気に変えることで、天候などで発電量が変動する再エネを無駄なく有効に活用することができそうです。
古山さんが取り組んでおられる実証は2023年度からの事業化を目指しておられます。事業化に向けての考えや課題となっていることはありますか?
この実証自体はあくまで一つの起点だと考えています。アサヒプリテック、エフシー開発、三井住友信託銀行と当社の4社ではできない部分もありますので、さまざまな事業者や自治体などとのパートナーシップ作りを大切にしたいと思っています。
また、採択事業名にある「グリーン水素」は100%再エネで製造された水素のことを意味します。再エネを利用しCO2を排出させることなく製造された水素のことです。今回は廃棄物発電の余剰電力で水素を製造していますが、廃棄物発電のゴミの中には木や紙などのバイオマス素材のほか、ゴムやプラスチックなど石油由来のものも含まれており、完全なグリーン水素とはいえません。私たちは「モスグリーン水素」などと呼んでいるのですが、これを将来のグリーン水素のサプライチェーン構築に結び付けるにはどうしたらよいか、という視点での事業展開を考えていく必要があります。
たとえ石油由来のゴミが含まれていたとしても、現在捨てている電気を有効活用することは非常に価値があることだと感じますが・・。
確かに廃棄物発電の余剰電力の有効利用は非常に重要なことです。一方で、先ほどお話した再生可能エネルギー社会を実現し、カーボンニュートラル、そしてその先にあるカーボンネガティブを達成するためには国内の再エネをどれだけ活用できるかが重要です。太陽光発電や風力発電でも有効に活用できていない電力が廃棄物発電以上にたくさんあります。この問題に対して私たちの技術を適用していくことで、日本の脱炭素社会実現に貢献していきたいと考えています。
太陽光発電や風力発電でも有効に活用できていない電力がたくさんあるのですね。これらを活用しグリーン水素を作ることでより早く再生可能エネルギー社会、カーボンニュートラルが実現できるということですね。
水素を身近に感じる社会はすぐそこに!
水素エネルギーについてあまり馴染みがなかったのですが、今日お話をうかがってとても理解が進みました。今後水素が普及することで、もっと身近に水素を感じる社会に変わっていくのでしょうか?
水素を使っているという感覚は薄いかもしれませんが、エネファーム(家庭用燃料電池)の普及が進んでいます。これは都市ガスから取り出した水素と空気中の酸素を使って電気を作っています。
また、住んでいる地域によってはすでに水素が身近になっている方もいるかもしれません。例えば神戸市では水素から作った電気と熱を街なかに供給する実証を行っていますし、北九州市ではローカル番組で市の水素への取り組みをPRしています。東京都内でも水素で走る燃料電池バスを見かけることがあるのではないでしょうか?
当社の本社がある豊洲近辺でも見かけることがあります!
燃料電池のバスや自動車は非常に静かでガソリン車とは乗り心地が違いますので、体感的に水素を感じやすいかもしれませんね。
また、私が学生の頃にはありませんでしたが、今の高校化学の教科書では燃料電池を取り扱っています。私などある年齢以上の世代は小学生で水の電気分解の実験で水素を作って火をつけて、というのが学校で学んできた水素です。水素を有用な形で使う方法を学んでいません。
燃料電池を高校で学ぶことで社会の水素への理解が深まっていきそうですね。今後どのような形で水素の普及が進んでいくでしょうか?
まずは街なかで水素ステーションや燃料電池自動車を見る機会が増えていくと思います。
自動車のほかには、工場や船での利用も増えていくでしょう。メーカーが物を作るときに自社だけでなくサプライチェーン全体のCO2排出削減が必要になってきています。そうなると、多くの工場でこれまで以上に脱炭素に取組む必要が出てきますので、燃料電池の設置が進むのではないかと考えます。
水素が普及すれば製造機器や燃料電池をこれまで以上に高度に制御することも必要になります。ITを活用したマネジメントシステムの高度化も必要になってきますね。
さまざまな分野で水素の活用が進み、それに合わせて新しい産業も登場してきそうですね。
海外で安価に水素を作る実証なども進んでおり、水素の社会実装が徐々に近づいてきています。私自身は海外で作るだけでなく、国内の再エネの有効活用を促進するために水素を活用することが重要だと考え取り組んでいます。今回の実証事業でその第一歩を踏み出すことができました。この事業を大きく成長させ、日本の脱炭素社会実現に貢献していきたいですね。
インタビューを終えて
漠然と「水素社会」が検討されているという認識はありましたが、「再エネを有効に活用するために水素を使う」というご説明は非常に理解が進みました。水素を活用した再生可能エネルギーの普及に向け、エネルギーマネジメントなどITの活躍の幅も広がっていきそうです。
未来サービス研究所 金森
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2022年03月01日公開
(2022年03月01日更新)
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